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主に広島県で蝶の撮影をしています

psychedelic butterfly

PSYCHEDERIC

 サイケなファッションに身を包んだ、クロヒカゲモドキ
たぶん、以前のリバーサルフィルム時代では、この色は出せなかったと思う。
赤橙黄緑青藍紫 すべてが出現している。

(画像を拡大しないと色合いなどは解りづらいと思います。画像のクリックで拡大画像が表示されます。)




 私が蝶の写真をとりたいと思い始めた頃は、もちろんデジカメなどはなく、α-7000が一大センセーションを起こしてしばらくたった頃である。α-ショック後でカメラメーカー各社が、初代のオートフォーカス一眼レフを発表していた頃である。
α-7000は青のセレクトボタンが妙に目立っていた。
青とミノルタで必然的に想い出すCMがある。私には、α-ショックよりも、こっちのほうがはるかに激震であった。南の島の海岸縁の木陰でぽっちゃりした若い女性がTシャツとGパンを脱ぐと青いビキニ姿、というヤツである。
(http://www.youtube.com/watch?v=Um1FjRFzJWQ)これは(私の)記憶に残るCMのベストテンの上位にランクされている。記憶とは時の流れとともに曖昧になってくるようで、このCMが、α-7000の宣伝であるといつの間にか勘違いしていた。X-7だったんですね。改めてYouTubeで検索してみて、想い出した次第である。あのポスターを友達が持っていて、非常に羨ましく思ったのがつい最近のようだ。あの当時の髪型(かつ、本来の黒髪)が妙に美しく艶めかしく感じる。今となってはヒョウモンモドキくらいの希少性だろうか?はにかんだ表情が、妙に懐かしく感じる。今となっては、オオウラギンヒョウモン並の希少性だろうか。かつてはどこにもいたけど、今や絶滅寸前。
 今やミノルタ、京セラブランドは既になく、オリンパスは今後どうなるのか不透明。キャノンとニコンは引き続きこの世界の二大勢力。ペンタックスは相変わらずの立ち位置か。ソニーとパナソニックが一眼レフ世界に参入してくるとは当時は全く想像だにしなかった。カメラにmechanicalな部分よりelectricalな部分が増えてきたということか?
 接写関係の本をいくつか読み漁り、接写にはストロボが必要であるとのことで、世界初のストロボを内蔵した一眼レフ、ペンタックスSFXを、月賦で購入したのであった。
ところが、当時の性能ではオートフォーカスとはいっても、接写で使えるほどのものではなかった。例え静止していたとしても蝶をオートフォーカスで撮影出来るような代物では無かった。せっかくストロボが内蔵されていたのであるが、それをうまく使えるほどのテクニックや知識も持ち合わせていなかった。私がストロボに苦手意識があるのは、このときの傷があるからである。

 今も撮影はとても苦労しているのであるが、当時はもっと、遙かに四苦八苦しながら写真をとっていたのである。
一番四苦八苦していたのは、なんといっても、ランニングコストであった。
リバーサルフィルムを使っていたのであるが、フィルム一本購入して現像すると、それだけでもう千円札が飛んでいってしまうのであった。
ほいほいとシャッターを切れるものではなかった。
夏休みをもらって信州に蝶遠征したとき、清水の舞台から飛び降りるような思いで、RDPを10本買っていった。現像代がなくなってしまう。5本買って、すぐ現像にまわすか、10本買って、現像は後回しにするか、悩んだのであった。まあ、とりあえず撮るのが先決だと思った。
 KRだとか、RDPだとか、どっちがどうだとか言いながらフィルムを選んでいたのであるが、私自身はKRののべっとした、渋くかつ濃厚なしっとり感のある色合いが好みであったのであるが、いかんせんASAが64だったので、やむをえずフジのASA100の方を選ぶことが多かった。ASA64と100では、雲泥の違いがあった。100ミリマクロで蝶を撮る場合、よほど条件に恵まれないと、シャッタースピードが1/250を超えることはほとんどなく、よくて1/125、1/60なんてざら、という世界である。絞り開放でも。こういう場合、64と100の違いは大きいのである。1/125でとっても、ほとんど確実に手ぶれをしており、1/60は記念撮影、1/250ではたまにうまく写っている、という程度の腕前なのである。一度、ASA400とかいうリバーサルフィルムを見つけて使ったことがあるのであるが、もう二度と使わないぞと思うほどの代物であった。今やISO6400とか、12800とか、訳のわからない素晴らしい世界になっているのは嬉しいことだ。クロヒカゲモドキやコノマチョウ、ルーミス、はたまた飛翔中の蝶を撮るのに、もっと高感度があれば嬉しいと私は期待しているのである。中学生時代、友達に天体写真に引き込まれたのであるが当時高感度といえば、トライX、確かASA200か400?だったと記憶している。増感現像でお願いします、といいながら近所の写真屋さんに持って行ったものだ。デジカメで高感度に設定するとノイズがどうとか、はたまた粒状性がどうとか、よく議論されている。が、以前のASA400のあのリバーサルよりましだという感覚が私にはある。白黒のトライXより遙かにましだ、カラーなんだから、という感覚がある(もちろん、モノクロームの世界にも不思議な美しさがあると思います。いずれ、蝶をモノクロで表現してみたいと思っています。)。あるいは、蝶撮影の場合、ノイズが入っていた方が結構面白く見えることがあると思うのであるがどうでしょうか?
ところでなんでASAがISOになったのであろうか?いつのまにか、ASAと言わなくなっているのである。不思議だ。

 ぐだぐだと前置きが長くなってしまったが、今やデジカメの時代となり、なんと、ランニングコストをほとんど考慮しなくてもよいような夢のような時代になったのである。フィルム代がかからないのである。嘘みたい。
ということで、何のお咎めも無しでシャッターがパシャパシャ切れるのである。ワンショットなんぼ、なんて考えなくてよい。これは精神衛生上よろしいことである。ただ、気軽にシャッターが切れるようになった事の反動でもあるが、ワンショットの価値が下がってきたような気がする。真剣さがなくなってきたようでもある。私自身のことであるが。
リバーサルフィルムであれば、シャッターを切ったその瞬間に作品が出来上がっているのであるから、その一瞬にすべての意識が凝縮されている。24x36が作品となるわけであるから、ファインダーの隅々まで全神経を行き届かせようという意識が不可欠となる。
片や、デジタルカメラでは、あとで多少の修正が効くと思っているので、構図や露出にルーズになりかねない。これがデジタルカメラの最大の欠点かとも思う。ただ、撮影した後、自分で画像をある程度いじくれる、というのは進歩であると思う。これは凄い事であると思う。暗室ではなく、Mac、もしくはPCに向かうだけで、コーヒーを啜りながら写真で遊べるのは凄い。創作の幅が広がったともいえる。今やこの操作を現像と呼ぶ。しかもカラー現像なんである。
 若かりし頃(今も若いが、今よりもっと若い頃)、大学にいた頃であるが学会発表や論文に載せるための写真を自分で現像し、プリントしたものである。もちろん、モノクロであるが。暗室に閉じこもって先輩にあれこれ教えてもらったのが懐かしい。覆い焼きであるとか、焼き込みであるとか、あれである。針金の先に黒紙をくっつけ、印画紙に露光中にそれを操作するのであった。芸術作品を創るにはこの操作は大事だと思う。科学分野でこれをすると、小うるさい人は捏造じゃないかというかもしれないが、写真を見やすくするには必要なのである。先ほどトライXが出てきたが、このときはネオパンSS(たしかASA100?だったかな。ASA感度設定を変えて撮っていたようなおぼろげな記憶もある。)を使ったものだ。なぜかというと、ネオパンSSはキメが細かく、ラチチュードが広いので、レントゲン写真などの撮影に向いていて、逆にトライXはコントラストが高めで扱いにくい、と先輩に教えてもらったので。ほんとうにそうか、撮り比べ、焼き比べてみたら良かった、と思ったのは後年になってからである。たぶん、もうその機会は無いだろう。
  
 またまたぐだぐだと無駄話になってしまったが、これから本論である。
RAWで撮った蝶を現像したのである。暗室ではなく、マックで。

 ご存じのように、蝶の世界の色彩は複雑で面白いものである。
鱗粉そのものの色彩、光の反射、構造色、回折、干渉、いろんな要素が蝶を彩る。蝶は光と戯れているのである。
私たちが肉眼で、あるいはファインダー越しに見ている色彩も、もちろん目の前の現象ではあるが、ほんの少し角度を、自分の角度、カメラの角度、光の角度を変えるだけで、蝶の色彩も変わってくるのである。補助光を使うと、また違う色合いとなる。目の前で、今見ている色彩は、実は、沢山ある見え方のうちの一つにすぎないのである。
そして、フィルム時代には出来なかったことが、デジタルの時代に出来るようになった。
現像で、色彩の彩度、色相、明度、その他もろもろ、ある程度操れるのである。

 サイケなファッションに身を包んだ、クロヒカゲモドキ
たぶん、以前のリバーサルフィルム時代では、この色は出せなかったと思う。
赤橙黄緑青藍紫 すべてが出現している。
目玉の模様と色彩をみて、psychedelicという言葉が浮かんできたのである。

ニコン、View NX 2にて、カラーブースターを思いっきりかけている。
もちろん、これは意図的な現像処理を施しているので、見た目そのものではない。
でも、もしかすると、蝶たちにはこのように見えているのかもしれない。
蝶を知っている人であれば、我々が見ている蝶の色彩が必ずしも唯一で正しいものでは無い、ということを理解していただけるのではないかと思う。少なくとも私たちと同じ色彩世界に彼らは住んでいないと思うのである。
いろいろとモニター上で操作して、色彩の変化を見ていくのも楽しいものである。
何が正解かは解らない。

ちょっと角度を変えるだけで、蝶は表情を変えてくれる。
機材の進歩に伴い、デジタルの時代になって、かつて見えていなかったものが見えてきた。

 隠された色彩、これを求めていくのも蝶撮影の醍醐味の一つである。











  1. 2011/12/29(木) 13:07:16|
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